ひびろぐ

いつだって私たちの手のひらには物語がある。

空気の流れは一方通行ではない。

 

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明日は雨かな、なんて言ったら変な空気になっちゃった。

せっかくの休みなのにそんなこと言う?みたいな。

さっきまで明日はどこに行くだの、どこで何やるだの、何の予定もない私からすればみんな楽しそうでいいね、と思っていただけなのに。

 

別にいいじゃん。

私の発言と雨が降るか降らないかは関連性がないから。

 

私にそんな力はない。

 

ただ雲が多くて少し空気が湿ってきたなと思ったから言っただけ。

 

そして、どうやら私は空気を読めないタイプの人間らしい。

今それ言う必要ある?って思われるタイプ。

 

でも、空気って何?

どうやったら読める?

どうやったら見える?

 

人差し指を舐めて上に向けたら空気を感じ、空気を読むことができる?

 

空気を読む、なんてそこにいる人たちの最大公約数でしかない。

そこにいる人たちの多くにとって、収まりが良いだけ。

 

本当に収まりが良いのかはわからない。

誰かが言って、それに合わせているだけなのかもしれない。

 

私は空気が読めないから、みんなどうしているのかわからない。

そして本当は多くの人が空気を読めないと思っている。

認めたくないだけで、ほとんどの人はよくわかっていないと思っている。

 

空気を読めない人間をマイノリティだと言うのなら。

空気を読むことができる人間をマジョリティだと言うのなら。

いろんなことを何となく合わせてその場の空気を潤滑にできるのなら。

世界はもう少し平和なはずだ。

 

この、何となく、が問題なんだ。

空気を読める、と、何となく、はきっとイコール。

百歩譲っても、限りなくイコールに近い。

 

正しい空気の流れと正しい何となくは、誰にもわからない。

わかっているとしても、それはあくまで個人の感想や嗜好にすぎない。

 

それを人に押し付ける時点で、空気なんて読めるわけがない。

少なくとも私のまわりの空気は見えていないはず。

 

だからまわりから、空気が読めない、と言われても気にしない。

 

何となく生きていくより、空気を読めないと言われても思うままに生きていきたい。

他人と同じじゃ嫌だと言うくせに、そこは同調しようとする。

人はひとりじゃ生きられないから。

 

明日の天気なんて調べればすぐにわかる。

私の発言なんて関係なく。

世の中こんなに人がいるんだから、天気に詳しい人もたくさんいる。

 

空気が読めると言うのなら、調べなくても明日の天気くらいはわかるはず。

 

雨が降ることを私のせいにしないでほしい。

私にそんな力はない。

 

明日の降水確率は50%だって。

微妙な数字だ。

どうか雨が降りませんように。

降っても私のせいじゃないけど。

 

でも、今は空気を読める人になりたい。

空気の流れに乗っかって、この場からすぐにでも立ち去りたい。

空気は見えなくても、ここの雰囲気が悪いことはわかるから。