物語ブログ【ひびろぐ】

いつだって私たちの手のひらには物語がある。

古びても褪せても大切なもの。

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私の人生最古の記憶。

 

私が何歳の時かはわからない。

母が「あの電柱まで競争ね」と言っている。

 

私は「いいよ」と自信満々に答える。

 

季節は冬。

雪は降っていないが、ふたりとも厚着している。

 

母はとても寒そうにからだを小刻みに震わせる。

もしかしたら、あったまるためにかけっこを提案したのかもしれない。

 

そんなこと、当時の私にわかるはずもない。

 

今思えば、なぜそこに母とふたりでいたのかもわからない。

私には姉と妹が一人ずついて、私と母だけで出かけることなんてほとんどなかったから。

 

「よーい、ドン!」

母の口から号砲が。

私はフライングすることなく、正々堂々と勝負を挑んだ。

 

私は一生懸命走る。

母に勝ちたかったから。

母にいいところを見せたかったから。

母に褒めてほしかったから。

 

電柱までは約20メートル。

すぐそこ。

でもその当時は、永遠と思えるくらい長かった。

 

どうしても勝ちたかったから。

どうしてもいいところを見せたかったから。

どうしても母に褒めてほしかったから。

 

私は勝った。

全力で喜んだ。

息を荒げ、疲れ果てていても、何度も何度も飛び跳ねた。

 

母は全力で褒めてくれた。

うれしかった。

 

それから何年か後、母は病に侵された。

死ぬまで治ることのない病に。

 

これが母との最後のかけっこだった。

記憶の中では、最初で最後のかけっこ。

 

今になって思う。

母は私に勝たせてくれた。

当時は本気で勝ったと思っていたが。

 

私の記憶に残るように。

母の記憶に残るように。

 

負けたのにうれしそうな母の顔を思い出す。

 

私は死ぬまで忘れないだろう。

人生最古の記憶は、忘れることのない記憶。

 

私が記憶する人生の最初から最後まで、共に生きていくだろう。