物語ブログ【ひびろぐ】

いつだって私たちの手のひらには物語がある。

何かを考えるだけの時間は贅沢。

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知人と食事をすることに。

 

店の前で待ち合わせ。

 

昔からの知人。

付き合いは長い。

「昔はよかったね」が口癖の知人。

 

ふたりで昔話をよくする。

何度も同じ会話をするのに、何度も笑い合う。

 

昔はよかったね。

 

そう思うところは、確かにある。

楽しかった記憶は、きっとどんどん洗練されていくから。

コアな部分だけが色濃く残るから。

 

でもきっとそれだけじゃない。

それは知人もわかっている。

 

それでもやめられない、昔話。

だって楽しいから。

思い出の共有は、私たちが生きてきた証。

 

愚痴を言い合うよりかは、何倍もいい。

不安を語り合うよりかは、何倍もいい。

 

過去が今や未来よりも大切なときもあるから。

 

私は今、待ち合わせの店の前にいる。

何度か来たことがある店。

 

約束の時間まであと10分。

 

今回は特別ルールを設けている。

 

スマホ禁止ルール。

 

お互い出発してからこの店に辿り着くまで、スマホ禁止。

 

「昔はよかったね」が口癖の知人との会話の流れで決まった。

昔はスマホなんてなかったから、その時代の人たちは自力で誰かと待ち合わせ場所に行っていたんだ。

それを私たちもやってみよう、と。

 

何度か来たことがある店だから、私は迷うことなくここまで来れた。

もちろんスマホはバッグにしまったまま。

見たくなるから電源もオフ。

 

知人も来たことがある店だから、きっと場所は大丈夫。

仕事を終えてやってくるから、時間はどうなのだろう。

仕事が終わる時間はもちろん考慮しているから大丈夫だと思うけど。

 

腕時計に目をやる。

あと5分。

私はあたりを見渡す。

人通りは多いが、知人の姿はまだ見当たらない。

 

スマホ禁止だから、仕事は終わったのか、今どのあたりなのか、聞くことはできない。

スマホ禁止だから、時間潰しに見ることもできない。

スマホ禁止だから、連絡することも連絡が来ることもない。

 

あと3分。

ただ立っているだけというのはこんなに暇なのか。

こんなに時間が進まないのか。

暇つぶしに左右に10歩ずつくらい歩く。

3往復で飽きた。

 

通りにいる人々の多くはスマホを見ている。

歩いている人も立ち止まっている人も。

 

あと1分。

まだ知人の姿は見えない。

仕事が終わっていないのか、道に迷っているのか、もしかして…。

不安が頭をよぎる。

遠くで救急車のサイレンがこだまする。

不吉な予感がからだを駆け抜ける。

連絡がとれないことがこんなにも不安を募らせるなんて。

 

時間がきたらスマホをバッグから取り出そう。

電源を入れて、知人に連絡しよう。

そう決めた。

 

腕時計に目をやる。

時間になった。

 

スマホを取り出し、電源を入れる。

何の通知もない。

 

知人はまだルールを守っているのだろうか。

 

連絡先を開き、知人へ連絡しようとしたとき。

 

「ごめん、ごめん」

知人が背後から現れた。

息を切らして現れた。

 

「ちょっと迷っちゃった。でもスマホ禁止だから大変だったよ」

知人は笑う。

 

遅いよ、と言おうとしたけれど、よく考えれば時間ぴったりだった。

 

「私も大変だったよ」

私がそう言うと、知人は少しだけ不思議そうな顔をした。

 

「さあ、飲も!」

そう言って私は店のドアを開ける。

無事に出会うことができた知人と店に入る。

 

今からどんな時間がやってくるのか。

今からどんな会話を重ねるのか。

 

昔はよかったね。

 

そう思えることはたくさんある。

 

でも、今だって悪くない。

 

だからきっと、未来も悪くないはずだ。