ひびろぐ

いつだって私たちの手のひらには物語がある。

評判のクリーニング屋でも落とせない汚れ。

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近所に評判のクリーニング屋がある。

 

どんな汚れも落としてくれる。

口コミが広まって、私のところまで届いてきた。

 

私はタンスの奥から服を取り出す。

いろんなクリーニング屋でやってもらったけど、落ちることのない汚れがついた服を。

とっくに諦めていたけど、捨てられずにいた服を。

 

私はその服を持って、評判のクリーニング屋へと向かった。

 

「これなんですけど…どうですか?」

服を見せながら店員さんの反応を伺う。

 

「ああ、大丈夫ですよ」

店員さんは爽やかな笑顔で即答する。

 

「本当ですか?」

「はい。ただ、少しお時間を頂きたいです。おかげさまでいろんな方が来てくださるんですけど、うちはふたりでやっているもので、どうしても時間がかかってしまって…」

 

私がこの店に来たときも、何人もの人が待っていた。

ようやく回ってきた順番。

それが余計、この店の評判の信憑性を高めていた。

 

「はい、大丈夫です。この汚れが落ちるなら、どれだけだって待ちます」

「ありがとうございます。では2週間後ということで」

 

私は伝票を受け取り、家路に着く。

 

それからの2週間はドキドキしっぱなしだった。

本当にあの汚れが落ちるのだろうか。

どこのクリーニング屋でもダメだったのに。

あの店の評判はどこまでは本当なのだろう。

口コミは噂と同じで尾びれ背びれがついていくから。

 

もはや、お気に入りだった服がまた着られるかもしれないという希望よりも、あの汚れが本当に落ちるのかどうかという興味のほうが勝っている。

 

ドキドキの2週間を経て、とうとう当日。

私は急ぎ足で、開店と同時にクリーニング屋に入っていく。

 

「お待たせいたしました」

店員さんは笑っている。

この笑顔はまさか。ドキドキが止まらない。

服を広げて確認することに。

 

 

 

落ちてる。

 

あの汚れは見事に綺麗に落ちている。

 

「すごい!」

私は思わず口に出す。

口コミも評判もこのクリーニング屋のスキルも、全部本当だった。

 

「本当にすごい!この汚れ、どこに持って行っても落ちなかったんですよ。しかも汚れがついてからかなり時間が経ってしまっているのに」

私は興奮のあまり、店員さんに話しかける。

 

「ありがとうございます」

店員さんはいつだって笑っている。

 

「落ちない汚れなんて、ないんですね」

私は服を手に持つ。

 

「そんなことないですよ」

店員さんは違う種類の笑顔を浮かべる。

 

「えっ?こんな汚れも落としてくれたのに?」

「はい。うちは汚れを落とす技術には自信があります。でも、それでもやっぱり落ちない汚れはあるんです。それは、基本的には見ればわかるので、お預かりする時点でお客さまにはお伝えします」

「そうなんですね」

「でも、落ちるかもしれないから試すだけ試して、ってお客様から言われることもあるんです。そういうときは、一応、お預かりします」

「へえ。落ちるんですか?」

「いえ。やっぱり落ちないですね」

「見てわかるなんてすごいですね」

「でも、一応って話だったのに、落ちなかったことに怒る方もいるんです。それに、落ちません、って預かる前に言った時点で怒る方も。私としては事前に余計な希望を持たせたくないから言ってるだけなんですけど…」

店員さんからは笑顔が消えている。

 

「一番落ちない汚れはそういう、いちゃもん、をつけてくる人の心の汚れ、なんですね」

私がそう言うと、店員さんは小さく笑った。