手のひらブログ【ひびろぐ】

いつだって私たちの手のひらには物語がある。

探し物は意外なところにある。

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サオリは深くまで潜った。

息を止めて、勇気を出して。

底の見えない、深い底へ向かって。

 

「はあ、疲れた…」

サオリはソファに深く沈み込む。

 

「どうした?」

ケンジはネクタイをゆるめ背広を脱ぐ。

 

「今日さあ、ランチ会で…」

「ああ…」

サオリの言葉を遮るようにケンジは声を出す。

何かを察したように冷蔵庫へと向かってビールを取り出して飲んだ。

 

 

 

ランチ会とは、近所のママたちが集まる月に一度の食事会だ。

 

サオリはこのランチ会が苦手だった。

 

転勤族のケンジとこの町に来て3か月。

元々人付き合いが苦手で、人見知り。

子供はいないのにランチ会に参加しているのは、単に強引に誘われたから。

 

サオリの性格上、こうなることはわかっていた。

サオリもケンジも。

ケンジは、無理して行くことないよ、と言うけれど、サオリは、こっちの身にもなってよ、と思う。

 

ランチ会には10数人集まる。

みんな良い人だ。

本当に良い人。

サオリは心からそう思う。

 

だから悪気がないんだ。

子供は?旦那は?

どんどん踏み込んでくる。

このあとどうする?買い物?お茶?カラオケでも行く?

みんながそれぞれ言いたいことを言っている。

 

帰ります。

 

この一言が言えない。

どうしても言えない。

 

みんな良い人。

本当に良い人。

だからこそ、言えない。

みんなが楽しそうにしている空気を壊したくない。

邪魔をしたくない。

そして、嫌われたくない。

 

サオリはいつだって、本当に言いたいことを言えずにいる。

 

どれだけ仲良くなっても。

たとえ結婚していても。

友人、知人に限らず、家族にだって。

 

サオリは深く潜る。

みんな良い人。

だから私が本当に言いたいことを言っても問題ないはず。

 

息を止めて、勇気を出して、潜っていく。

心の底まで。

心の底に沈んでいる、本当に言いたいことを取りに潜る。

 

かなり深く潜ったのに。

息が続く限り潜ったのに。

心の底をタッチしたのに。

 

見つからない。

 

息がもたないから浮き上がる。

大きく息を吐き出す。

呼吸が乱れたことを悟られないよう、何食わぬ顔で会話を続ける。

 

「うん」

いつだって発する言葉は決まっている。

 

 

 

サオリは家に帰ると、ソファに沈み込む。

何もする気は起きない。

夕食の準備もしていない。

こうなることはわかっていたのに。

 

でも、今度こそは、って思ってしまう。

 

ケンジは1本目のビールを早々に飲み切り、2本目を取り出す。

同時にポケットからスマホを取り出し、何やら見ている。

早く夕食作れよ感を出しながら。

風呂も溜めていないのか感を出しながら。

 

サオリはまた深く潜る。

息を止めて、勇気を出して。

心の底まで、潜る。

 

見つからない。

言いたいことが見つからない。

息は限界まで達し、浮かび上がる。

 

大きく息を吐き出し、吸い込み、もう一度潜ろうとしたとき。

 

あった。

 

言いたいことを見つけた。

 

それは、プカプカ、表面に浮かんでいた。

すぐそこに。

手を伸ばせば届くところに、浮かんでいた。

 

サオリは手を伸ばして、それを取る。

 

そしてスマホを見てばかりのケンジに投げつけた。

 

「もう少しわたしの話、聞いてよ」