手のひらブログ【ひびろぐ】

いつだって私たちの手のひらには物語がある。

時は常に動いている。

f:id:touou:20190421202536j:plain

 

 

ユミはウィンドウガラスに両手と顔をくっつけている。

 

汚れるよ。

ヨシハルは低い声で言う。

 

目の前を走る大通りにはいくつもの車が行き来していて、騒音が絶えることはない。

 

汚れるよ。

ヨシハルは動かないユミに、もう少しだけ大きな声で言った。

 

聞こえていないのか、聞こえないフリをしているのか。

ユミは動こうとしない。

 

ヨシハルはゆっくりとユミの方へと歩き出す。

ユミはガラスに両手と顔をくっつけたまま。

 

汚れるよ。ガラスが。

ヨシハルは笑いながら言うが、ユミは少しも笑わない。

ユミとガラスがくっついている周辺が白く曇っている。

 

この赤いのがかわいいの。

ユミはガラスを人差し指でコツコツする。

 

家にピンク色のがあるでしょ。あの、なんか、女の子が描いてあるやつ。

ヨシハルは膝を曲げて、ユミの顔に近づく。

 

女の子じゃない!お姫様!

ユミはヨシハルに強く言う。

 

ごめん、ごめん。でもこの赤い自転車、ユミには大きすぎるだろ?

 

だってもうピンクやお姫様、っていう感じじゃないし…。

ユミの言葉にヨシハルは笑う。

 

そうだよな。もう補助輪なしでひとりで乗れるもんな。

 

うん。たくさん練習したもん。

 

じゃあ、帰ったらママに聞いてあげるよ。新しい自転車買っていいかって。

 

……。わたし、自分で言う!

 

そうか。

ヨシハルは少し驚きながら、膝を伸ばして立ち上がる。

膝が、ポキッ、と鳴って少し痛い。

 

ユミとヨシハルは並んで歩いて行く。

ユミは何度も振り返る。

赤い自転車を目に焼き付けるように。

 

返ったらママに何て言うんだい?

ヨシハルは横を歩くユミに言う。

 

うーん、どうしようかな。大切なのはタイミングだよね。まずはしっかりお手伝いしてから…。

ユミの言葉に、ヨシハルはまた笑った。

 

そう言えば…。

ヨシハルはそう言いかけてやめた。

 

ヨシハルが膝を曲げて座った時、ユミの目線の方が高かった。

気がつけば。

いつの間にか。

 

毎日いると意外と気がつかないものだ。

 

隣を歩くユミを、ヨシハルは横目でチラリと見つめた。